It Takes Courage to Print
MIMOCAで開催中の猪熊弦一郎展〔私の履歴書〕〈前編〉「絵には勇気がいる」に行ってきた。毎週日曜日に開催されている学芸員さんによるキュレーターズトークを聴講したのだが、その中で藤田嗣治の作品と1日違いでほぼ同じ構図で描かれた疎開先の風景を描いた作品についての解説があった。藤田の「レ・ゼジ」とその翌日に描かれた猪熊の「レゼジーの駅」は中央に描かれた駅、その右に描かれた道とそこを通る通行人の姿という構成要素が全く一緒なのだが、先ず気づかされる大きな違いはそこに描かれた光である。藤田の「レ・ゼジ」は鈍色の重く垂れ込めた空模様でフラットな光、空の面積が狭いのはうなだれて視線が下に下がっているのか、雲が重く垂れ込めているからなのか。こちらに向かってくる通行人はドイツ軍の侵攻から逃げてくる人だろうか、藤田はパリの状況をとても心配しているように感じられる。一方、猪熊の「レゼジーの駅」ではよく晴れた青い空が大きく描かれ、道には木立と通行人の影が落ちて明確なコントラストがあらわれている。通行人は藤田の描いたそれとは反対に画面の奥へと向かっているのだが、優雅に馬車に乗り合わせた彼らはなんだか楽しそうだ。藤田が猪熊を引っ張って行った疎開を、猪熊はピクニックかバカンスのように感じていたのではないだろうか。その後、戦火がいよいよパリに迫りフランスから帰国する時、藤田が猪熊夫人に「お前の亭主は少し馬鹿だ。」と言ったエピソードもなんだか象徴的だ。
美術学校の受験に遅刻したエピソードしかり、猪熊のそんなキャラクターは彼の自画像にもあらわれているように思う。猪熊の所蔵品である小磯良平の自画像は顔の右半分と左半分にそれぞれ異なる人格を描き分け、それを真ん中の通った鼻筋がひとつにまとめている。はっきりとした大胆なタッチで描かれてはいるが小磯の自画像には人間の複雑な多面性が現されていて、それは小磯が自身を冷徹に客観的に見ることができた結果なのではないだろうか。一方で猪熊の自画像は細かいタッチで丁寧に描きこまれてはいるのだが、全体としてはフラットで裏表のない様子なのである。猪熊弦一郎という人は本当に真っ正直で素直な人なのだろう。そして幸か不幸か絵を描く才能に恵まれている。こういうタイプの人が所謂「天才」なのだろう。「天才」の「天」は「天然」の「天」でもある。お前はピカソが好きだろうとあっさり見ぬかれたエピソード然り、その後絵がどうしてもマチス風になってしまうこと然り、猪熊は本当に素直な人だったのだろうなと思う。だから猪熊の絵には口に出して言いづらいことまですべて詳らかになってしまう。それが絵に勇気が必要になる大きな理由のひとつではないだろうか。それは彼の絵の魅力の源でもあるのだが、小磯や藤田、マチスといった彼の周囲の人々にはあまり触れられたくないところまで見事に見ぬかれてしまう。だから彼らは猪熊のことを放っておけなかったのだろう。
藤田の描いた「レ・ゼジ」は7月16日から兵庫県立美術館で開催される藤田嗣治展で観ることができるようだ。
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