Written messages left behind for the future
最近はめっきりシャッターをきることが少なくなった
歳をとって未来が少なくなってくると
自分自身の足跡を確認する必要も
だんだんなくなっていくものだと思う
そんな自分がいちいち煩く声をあげるのはどうかとも思う
でも昔撮った写真を見返している時に思うことがある
古い写真の中に
もうなくなってしまった景色や人を見つけた時
なにかメッセージみたいなものを
受け取ったような気がすることがある
だからもう一度、カメラを持ち歩いてみようかとも思う
それはまたいつか誰かが見返した時に意味があるものに
なっているかもしれない
それは自分の子供だったり、友人だったり
あるいは未来の自分自身かもしれない
気のせいかもしれないけど
それがいつかなくなってしまうことを予測して
記録に残すようなあざとさがとても嫌いだが
シャッターを切る時には
やがてそれがなくなることはどこかでわかっているのだ
これまで随分とたくさんの
なくなってしまったものを写真に収めてきて
そういう自分自身のあざとさにうんざりしたのも
シャッターを切らなくなった理由かもしれない
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コメント
こちらの記事に、とても共感しながら、どうそれを表現したものか分からないまま、
日が経ってしまいました。
僕自身も街中やいろんな地域を回って写真を撮り続ける間に、
自分自身の写真が、特にSNSやブログを介することで、自分の自意識と向き合うような、
嫌な感情になってしまいました。
カメラ好きだから写真を撮ってるだけ、とか、絵になるから撮ってるだけ、
とか、そういう、とっくに卒業したはずの写真をまだ撮ることがあったりして、
もうだめだな、と何度も思いました。
SNSはやめてしまっても、知り合いの職業カメラマンのプライベート写真に、
なんだかイラついてしまったり。
家族写真以外を撮らなくなって、かなりの時間が経って、最近少しだけ、
小さいカメラでまた日常を撮るようになりました。
その流れで仕事用の大型モニターでコンパクトカメラの写真を開いてしまい、
写りにがっかりして、改めていろいろと考えてしまいました。
結局自分はカメラを持ち歩いて、どういう景色であれいろいろと撮りたい、
って思っているようです。
画質も超高画質はいりませんが、もう少しだけ平面的でない写真は撮りたいです。
その時の天候や自分自身の情緒によって、変わって見える身近な景色なども、
やっぱり撮りたくなることがあって、デジタル黎明期から大好きなフォーマットの、
(マイクロ)フォーサーズのカメラ一台くらいは、やっぱり常備してもう一度写真を撮ろう、
と思ってます。
自身にあまり関係のないものではなく、常にある日常にもう一度フォーカスしたいなぁ、
と思います。
仕事の延長で訪れた場所なども、以前はあざとく感じたのですが、重要な写真のように思います。
ブログを見ていただいている方には、結局何もペースは変わらないかもですが。
僕の決意的なものかと。
この記事は本当にじわっと沁みました。
何回も読んでます。
長文失礼しました。
投稿: iidacamera | 2025/07/23 11:53
iidacameraさん コメントありがとうございます
自分の感じていることを
どうすれば表現できるのか
書いているうちに自分自身の感覚に自信がなくなったり
写真はカメラという機械が記録する分
シャッターを切った結果がピンぼけでもブレてても
迷いがなくて良いなと思います
自信がなくてもうんざりしても少ししかシャッターを押せなくても
決定的瞬間を決定的に逃しても
写真は撮り続けようと思います
そうすることで撮れなかったことにも
少しは意味が出てくるんじゃないかなと思うのですよね
投稿: bonnily | 2025/07/27 21:15